2026.08

8月1日(土)
レポート課題2本を頑張って終わらせ、夜学へ。

2日(日)
引っ越しの準備終わらず。包丁や鍋が捨てられてしまったため料理が作れなく、ずっと絶妙に行く機会が無かった家の前の中華料理屋へ。名店。家族連れが多く和んでいた。
家具を譲ったり冷蔵庫の中のものをあげたりで友人が何人かやってくる。そのうちの一人が去り際に部屋に敬礼のようなものをして去っていき、まさしく自分もそんな気持ち。家具を片付けると部屋が静かなことと、音が響くことに驚く。これまでは部屋にモノが多すぎたので音をたくさん吸収してくれたのだろう。

3日(月)
無事に引っ越しが終わる。業者の方に頼んで一人で来られ、背丈は自分と同じくらい。しかしシングルベッドを1人で運んでいらっしゃり驚いた。とても感じの良い方で作業の合間に色々と話す。その方のお客さんの一人で、アメリカの映画業界で一旗あげようという方がいらっしゃったらしい。参入するために映画人が集うホテルに張り込み、コネクションを作ったそう。しかし観光ビザが切れて強制退去。アメリカでは名を上げれば罪が許されるみたいな謎風潮があるらしく、一旦アジア圏(インドらしい)で豆腐ビジネスを始めて頑張ろうとしている。その豆腐ビジネスは結構うまくいってるとのこと。
引越し先まで引越し人をトラックに同乗させることも多いらしく、その時に色々と話をするそうな。自分はこの後に引越し前の部屋にて不動産の方との立ち会いがあったので同乗はしなかった。残念。
旅行終わりの時のような寂しさがあったが、引っ越し先へ着くと荷物が届いておりそれの荷解きで必死で夜中まで作業した。疲れきって倒れ込む。

4日(火)
引越しにより全然映画を見れていなかったのでやっと見れて嬉しい。まずはエルンスト・ルビッチ『私の殺した男』(1932)を見る。バイオリンを弾く時の主人公の表情と宿る暖かさ。画面から追い出される人間と、収まる人間たち。視点の切り替えのスムーズさ。すごい映画だった。
Instagramのリールで流れてきたマチュー・カソヴィッツ『憎しみ(La Haine)』(1995)を見る。被写界深度の浅さやめまいショット、鏡を使った謎構図。牛の飛躍。印象的な小話がいくつか挿入される。ドッキリだと勘違いする有名人の話。シベリア送りになった時の上品な友達の話。語り手は唐突に物語の中に導入される。どの話のオチは重視されていないが、その語り手の話し振りや過程そのものが面白い。
この映画で芯となっていたであろう「着地」について。堕落とは時に甘美な響きさえあるし、その過程だって魅力的だ。しかし永遠に堕落し続けていく訳にはいかない。いつの日か着地の瞬間がやってくる。それは決して備えるものでは無いだろう。落下には魅力があるし、どんな人間だって落下する事ができる。しかしいつまでだって落ち続けることの出来る深さと、その深さに耐えられる精神力を持った人間は、この世の中にはほんの少数であるという気がする。
メディアアートの先生からTouchDesignerをもっと詳しく知りたいなら比嘉了さんという方がYoutubeとかで解説されているという情報を聞いた。実際にこの方のホームページを覗いてみると、東京藝術大学の過去のワークショップの記録を全て公開していらっしゃったので進める。ありがたい!

5日(水)
メディアアートの夏期講習を受けに行く。3日間。結構ガッツリとワークショップのような事ををやるのかと思っていたらのんびりと、各自で制作をするというスタイルで少し肩透かし。気を取り直してTouchDesignerの学習を進めた。
講習が終わった後は幼稚園や小学校の幼馴染たちと会う。話す内容も当時とは全然違っているし、みんなビックリするくらい大人になっている。もう働き始めている友達たちは社会人の顔を時折見せたりで少し驚く。しかしあの時の関係は全く(!)変わらず友達だし、今の方がみんなの良いところを見つけられる。幼馴染たちもあの時持っていた素敵なものを今も損なわずに持っていること、それが本当に嬉しかった。

6日(木)
夏期講習2日目。TouchDesignerの学習を粛々と進める。

7日(金)
夏期講習3日目。講習自体は午前で終わり、午後は先生に連れられて初台にあるICCの企画展へ。森永泰弘《Auto-ethnography: HAMAKAI》やローサ・メンクマン「イメージ・リメインズ」が良かった。講習は終わったのでそのまま帰っても良かったが、せっかく初台まで来たということで東京オペラシティ アートギャラリーで開催されていた青木淳とリチャード・タトル『ほぼ、空』を見に行く。どちらも勉強不足で存じ上げない人だったが行ってよかった。閉館付近の時間に行ったからか人もほとんどおらず、大きな展示室に自分と学芸員の方しかいないことも何回かあった。展示されているそれぞれの作品を味わうというよりも、あのようなオブジェクトが置かれている空間全体に目を向けてみるような構成になっている。あの素敵な空間にずっといる事が出来る学芸員の方が羨ましく思った。もし誰かとお喋りしながら見に行っていたり、休日に周りに人が溢れかえっている状態で見ていたら全然良いと思えなかった気がする。

8日(土)
黒沢清『DOORIII』(1996)
小中千昭さんが脚本という事で気になって見てみる。彼の著書「恐怖の作法: ホラー映画の技術」は以前恐怖映画についてのレポートを書くときに読んでみたら面白かった。思っていたより恐怖映画だった。
デヴィッド・リンチ『ブルーベルベッド』(1986)
同監督『ツイン・ピークス』のカイル・マクラクランが大好きなので彼が主演で見れて嬉しい。自信と知性、顔の良さ、そしてユーモアが顔に表れており、彼のはにかんだように笑う顔を見るとキュンキュンする。
イアン・ソフトリー『サイバーネット(原題: Hackers)』(1995)
アンジェリーナ・ジョリーの表情の不安定さというか、一瞬で表情がガラッと変わってしまいそうな雰囲気に引き込まれる。

9日(日)
アルフレッド・ヒッチコック『めまい』(1958)を見る。名作とされている所以は分かるし、面白かった。しかしこの作品のように入り組んだプロットに対して自分は苦手意識がある。ミステリーやフィルムノワールに対しても同様の意識がある。頑張ってストーリーを追う事に脳のリソースがさかれ、映画を楽しむどころでは無くなってしまうからだと思う。
続けて黒沢清『Seventh Code』(2013)を見る。手放しに賞賛したい大傑作。脚本の飛躍に輝かしい面白さがある。黒沢清作品の中でTOP3に入るくらい好きかもしれない。

10日(月)
アルフレッド・ヒッチコック『断崖』(1941)を見る。イマイチ分からなかった。これは蓮實重彦「ショットとは何か 実践編に良い批評があると聞いたのでこれを読んでみたら面白く見れるかもしれない。続けて押井守『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』(1995)を。神代辰巳『恋人たちは濡れた』(1973)という日活ロマンポルノの傑作を友人から薦められて見る。面白い!これを機に日活ロマンポルノも色々と見ていこうと思った。

11日(火)
アルフレッド・ヒッチコック『裏窓』(1954)を見る。「とある場所で何かが起こっている。一方で、別の場所では何かが起こっている。これが映画なんですね」という事を先生が仰っていた(意訳)が、まさしく「一方で」の連なりが魅力的に語られていた。続けて押井守『イノセンス』(2004)を見る。5年くらい前にも一度見たが、今見た方が何倍も面白かった。

12日(水)
ニコラス・レイ『大砂塵』(1954)を見る。 続けてヴィンセント・ミネリ『バンド・ワゴン』(1953)を。これは8月見た映画の中でも際立って最高だった。絶望的に期待すること。
『バンド・ワゴン』があまりにも良かったので続けて同監督『巴里のアメリカ人』(1951)を。ここまで書いていたら目の前の壁に小さいゴキブリが(2026年8月29日AM2:12)。ぐー…エアコンの裏に隠れていった…

13日(木)
ヴィンセント・ミネリ『恋の手ほどき』(1958)を見る。まさかのモーリス・シュヴァリエが出演していた。ルビッチ作品に出ている若き彼が大好きなので、その表情が老年になっても素晴らしいことが嬉しい。続けてロバート・ワイズとジェローム・ロビンズ監督『ウエストサイドストーリー』(1961)を。

14日(金)
ヴィクター・フレミング『オズの魔法使い』(1939)を見る。

15日(土)
レオス・カラックス『アネット』(2021)を見る。カラックスはシュミットと並ぶくらい名前がカッコよくて好き。

16日(日)
ロイド・ベーコン『四十二番街』(1933)を見る。主演だったドロシーと代役として選ばれたソイヤーが対面するシーンに感動する。バークレーの映像も素晴らしい。どこかで見たことがある(恐らくミュージカル映画についての授業の中で)大量の足で作られたアーチをカメラがくぐっていき、その先に肘をついて寝転んでいるカップルのショットも見れた。続けてニコラス・レイ『理由なき反抗』(1955)を。ジェームズ・ディーンの優しさ。

17日(月)  

「すべての仕事は売春である」とJ・L・Gも言っていますが、私もそう思います。然り。それ、をそうと思ってる人、知らずにしている人、知らんぷりしている人、その他、などなどがいますが繰り返します。
「すべての仕事は売春である」と。

岡崎京子『PINK』のあとがきより。17-22日まで色々と理由があって働いており、ずっとこの言葉を思い返していた。これを書いているのは23日(日)で労働が全て終わった後だが、受け渡してしまった時間への後悔がある。

18日(火)
労働二日目。レジを打っている間にバッドに入った。シフトが終わって逃げ出し、銀座線に乗る。車内に貼り付けられた本物か偽物か分からない木の壁紙が怖かった。

19日(水)
労働三日目。

20日(木)
労働四日目。

21日(金)
労働五日目。

22日(土)
労働最終日。

23日(日)
ダニエル・シュミット『デ・ジャ・ヴュ』(1987)と『季節のはざまで』(1992)を見る。
某映画評論家が「ダニエル・シュミット試論」というを書いている。シュミットの作品をこれまで一つも見た事なかったがこの「ダニエル・シュミット試論」の文字の並びが格好良く、この試論を読みたいが為に初めて彼の作品を見た。幻想的で強固なストーリーラインは無いが、映画を見る喜びを存分に感じられた。

24日(月)
ヴィム・ヴェンダース『Wings of Desire (ベルリン・天使の詩)』(1987)を見る。良い映画は眠くなると矢崎仁司監督も仰っていたが、2回くらい寝た気がする。しかし目覚めてボンヤリしたままの頭でスクリーンに向かい合う時、何故か多幸感がある。

25日(火)
サム・ペキンパー『昼下りの決斗』(1962)を見る。名作。続けてジョン・フォード『わが谷は緑なりき』(1941)を。名作。

26日(水)
マックス・オフュルス『たそがれの女心』(1953)を見る。

27日(木)
ユーロスペースで開催されているパフォーマンス・アート:身体と空間をめぐる映画祭へ。
シャンタル・アケルマン『ある日、ピナは尋ねた…』(1983)
ピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踊団のドキュメンタリー。この映画の冒頭で、「実際に見た時に感じたエネルギーが映像で全く写し取れなかった」的な事をナレーションで述べていた。実際に見た方が何倍も良かったのだろうが、そのエネルギーが映像には写し取れないことを前提に、それでも誠実にフィルムに焼き付けようとしていた。

オリバー・フサイン『ピンク・シュレンマー』(2025)
全身ピンクーと思っていたらいつの間にか終わってた。

アマンダ・キム『ナム・ジュン・パイク 月は最古のTV』(2023)
ビデオアートの開拓者とされているナム・ジュン・パイクのドキュメンタリー。自分がナム・ジュン・パイクの事を全然知らないからなのか、彼の事を周りが祭り上げているように見えてなんとなく居心地が悪かった。

続けてミケランジェロ・アントニオーニのレトロスペクティヴへ。『敗北者たち』(1953)と『情事』(1960)を見る。誰もいない街と連続する乾いたショット。

28日(金)
小津安二郎『麦秋』(1951)を見る。

29日(土)
石井克人『鮫肌男と桃尻女』(1999)を見る。

30日(日)
機会があってサウナに入った。座っていると謎の焦りに襲われすぐ出た。

31日(月)
オットー・プレミンジャー『ローラ殺人事件』(1944)を見る。フリッツ・ラング『スカーレット・ストリート』(1945)のような、男性が搾取される構図がこの映画にも存在していた。年代なのか、フィルム・ノワールというジャンル故なのか。